大河ドラマ「利家とまつ」~賤ケ岳の戦い~

戦国時代のドラマを見ると、秀吉の没後、家康と共にいつも登場する前田利家。その頃には老弱していて病人のイメージが強いのだが、なぜ、この人は地位が高いのだろう?どうやって、織田→豊臣→徳川へと渡っていけたのか?

~織田信長没後、秀吉の覇権を決定づけた合戦、
    羽柴秀吉vs柴田勝家の「賤ケ岳(しずがたけ)の戦い」~

第28回  清州犬猿合戦
第29回  人質 麻阿姫
第30回     男泣き! 柴田勝家
第31回  賤ヶ岳の夫婦
第32回  炎上、勝家と市
          ※この辺りの話

織田信長存命中、織田家の筆頭家老という立場の柴田勝家。しかしながら「本能寺の変」の後、秀吉の勢いを抑えることができず、両者の立場に変化の兆しがあらわれる。二人の溝はどんどん深まり、最終的には天下を分ける「賤ヶ岳の戦い」で決着する。織田家家臣たちにとって、この時どちら側につくかで、その後の命運が分かれる。織田家家来の前田利家も同様で、柴田につくか、羽柴につくかの選択を迫られる。

 利家は人との絆を大切にする義理堅い武将。柴田勝家の与力で、勝家を親父様と呼ぶ親しい関係。過去に命を救われたこともあり、敵対することはできない。 そして、利家は夫婦そろって不遇の時代から秀吉夫妻とは交流が深く、互いに真の友と認め合っている。 最初は、恩人と親友との「板挟み」を想像したが、違った。そこは戦国時代の武将同士のこと。秀吉は利家を前に、「お前とは真の友じゃ」と言い、「真の友であっても歯向かえば容赦せん」と宣言する。利家は「面白い!こちらも存分に鉄砲の弾を馳走してくれよう」と笑みを見せる。

「貴公の兵を討ち取る事はできん事ではない。
じゃがそれではまずかろ!」説得する秀吉だったが・・
(第29回「人質 麻阿姫」より)

しかし、合戦が現実味を帯び、秀吉が勝利するのではないか・・とささやかれはじめると、利家は “前田家存続”という本当の「板挟み」に苦しむ。本心では秀吉側について前田家安泰を願うも、勝家を裏切ることはできない。
 雪解けの出陣を待つ冬の間、柴田勝家(親父様)は利家を呼び出し問う。「秀吉と話はついているのだろう」と。その真意は、裏切りの噂を責めるものではなく、むしろ、自分に気兼ねをしないでくれというもの。前田家一族の命を引き受けるわけにはいかんのだと。しかし、利家は言い切る。「わしは親父様の力を疑ったことなどない。親父様と天下をとる!」それを聞いた勝家は涙を流す。

「今日は嬉しかった」と再び涙を流す勝家
(第30回「男泣き! 柴田勝家」より)

「このわしにかけてみるか?」二人は心新たに、共に戦うことを確認しあうのだった。 しかし、こんな約束をしてしまって大丈夫なのか?秀吉は負けないはず・・。 実際、秀吉は春を待つどころか、12月に動き始めている。滝川一益、織田信孝を封じるため、5万の兵を近江へ集結させている。

後に、利家の妻であるまつは告白する。利家にどう言って説得しようか考えたことを。 親父様と袂を分かつことを、どのように言ったら良いものかと。
 「兵たちの命、たったひとつなりとも、あなた様の意地や男気のためにちらしてくださいますな」精一杯の言葉を夫にかける。
絶対勝つ!秀吉を討ち取る!そう宣言して、利家は出陣する。
親父様と合流するため北ノ庄城へ

「命は一代、名は末代などと申されますな。
天下の為に働いてください。」
(第31回「賤ヶ岳の夫婦」より)

この後、合戦に突入し前田軍がどう動くかが、興味深いところだ。 ただこの「賤ヶ岳の戦い」は、戦の展開が面白い。羽柴秀吉は時々できないと思われることを可能にし、戦況を逆転させることがあるが、この「賤ヶ岳の戦い」でも、秀吉の知略と運の強さが見事勝敗を分ける。
  さて、戦場での動きから、前田軍は柴田軍を裏切ったとする見方もあるようだが、このドラマでは、利家は裏切っていない。
 翌朝、前田の府中城を秀吉がたった一人で訪れる。その前夜、勝家も利家を訪ねている。
 両者どちらもが、前田家安泰を願っていた。


「賤ヶ岳の戦い」に敗れた勝家が北ノ庄城へ退却した後、秀吉軍がその城を取り囲み攻め入る。なんと先鋒をつとめることとなった利家が一番に入城する。 「権六勝家様、御首級 ( みしるし )頂戴つかまつりたく、参上いたした!!」 利家の叫び声を耳にした勝家とお市。この時の二人の表情が切ない。もはや自害を決めている二人にとって、この声は、張り詰めた中の思いがけない一瞬であり、その聞き覚えのある声がどんなに嬉しいものだったか。

こうして北ノ庄城は落城。
秀吉の世へと時代がシフトする。利家は肩身の狭そうな場面があったものの、秀吉に仕えることとなる。苦悩続きの利家の表情がようやく和らぐ。

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