ある日、小学校から帰ってきた息子を誘って、自転車で街の銀行まで行った。息子の小さい自転車と、私のママチャリ。
途中、雑草が茂っている場所で、自転車を降りて、少し休憩。
しばらくすると、息子が
「お母さん見て!」と手のひらを差し出した。
大きな幼虫を見つけたようだ。
濃い黄緑と黒い線が交互に混ざり合い、ところどころには蛍光色の斑点がある。息子はポロッと落とした幼虫を、ためらいもなく指で拾い上げ、また、手のひらに乗せた。
「さわれるの?・・すごいね」
正直私にはハードルが高かった。
大きいし、見れば見るほど、不気味な配色だ。
これには遠い昔、写真か何かで、見覚えがあった。
キアゲハの幼虫ではないだろうか?
しかし、山奥ならわかるが、こんなところにいるものか?
記憶違いだろうか?
気持ちが定まらない私だったが、その心とは反対の言葉が口からでる。「アゲハチョウになるよ、育てようか!」
息子は満足そうに、「うん、そうしよう!」と即決した。
自転車のカゴに葉っぱを敷いて、幼虫をそっとのせて、街へ向かった。
♬他の幼虫よりも立派なそれは、蝶の王様?アゲハチョウ
見たことないでしょう、アゲハチョウ、貴重なんだよ。
よく見つけたね、すごいよ!・・・道すがら、そんな話をした。
街に着くと、銀行の前にシルバーカーを押したおばあさんが一人いた。
「ちょっと、お姉さん、人参いらないかい?」
自転車を降りた私に、そのおばあさんが話しかけてきた。
シルバーカーの蓋を開け、中の人参を私に見せた。
「子供には無農薬が一番いいんだ」と言い、ひょろっと細い人参を数本取り出した。
「・・うん、じゃあください。」と言うと、
「200円ね」と言うので、財布から100円玉を2枚取り出し、おばあさんに渡した。
そのおばあさんは、農家の人で、農作業は大変だという雑談をはじめた。私はふと思い立って、さっきの幼虫を見せた。
「これ、キアゲハの幼虫ですよね?」
農家の人なら詳しいだろうと思ったが、おばあさんは、幼虫を見るなり声を張り上げた。
「こんなもの、もってくるんじゃない!捨てなさいよ!気持ち悪い!」
(あっ、嫌いなんだ)とっさに悟った私だったが、息子はしっかりとそのやりとりを見ていた。
帰り道、息子は、持って帰らないと言いだした。
さっきのキアゲハの幼虫のことだ。
おばあさんの様子に、何かを感じたのだろう。
息子は幼虫にさわらず、幼虫を葉っぱごと草っ原に放った。
私はその様子を見守った。
もし、おばあさんに会わなかったら、幼虫を持ち帰っていただろう。
本か何かで育て方を調べ、見様見真似であれこれ手を尽くしただろう。確かに、私はこの虫を触れないし、見るのも、やや辛い・・。
けれど、それは、育てていくうちに、クリアできる可能性がある。
それよりも何よりも、これは本当にキアゲハになるのか?
それこそ一番の疑念であり、おばあさんに尋ねたのは、その辺のお墨付きが欲しかったからだ。明確な答えをもらえず、その幼虫は、ただの気持ち悪い虫になってしまった。しかし、後ろ髪を引かれる。
悪戦苦闘しながらも、育ててみるのもよかったなぁ
キアゲハの羽化を見たかったなぁ
※ちなみに、人参いらない?なんて声をかけられたのは、初めてのこと。200円と言われた時も驚いた。本当に細くて小さな人参だった。
それから数年後
ある時、スーパーでキャベツを買ったら、何と青虫がついていた。
小さな瓶に青虫とキャベツを入れて、テーブルに置いた。
夫が嫌な顔をする
こんなところに虫を置くな。そんな感じだ。
キャベツは食い散らかされ、黒い点々のフンが中で散乱している。
そんなの見たくないのだろう。
掃除して、キャベツを追加して、今度はタンスの上に置く。
2日後、高校生の息子が「死んでるよ」と言う。
よく見ると、青虫の足がぴったりと瓶に張り付いて動きが全くない。
「さなぎになっているのか?こんなに早く?」
なにしろ、青虫のこと、私にはとんとわからない。
ただ、イメージしていた”さなぎ”と、この青虫の状態はちょっと違う。”さなぎ”というよりも、ただ、そこで止まっているだけのように見える。が、よく見ると、足の部分が固まりになっていて、そこだけ、さなぎらしい。そのまま放置すること数日間。
ある朝、瓶の中にモンキチョウの姿があった。
さなぎがかえったんだ!
夫と息子に見せると「ほう!」と小さめのリアクション。
けれど二人とも確実に感動している。
窓を開けて外に逃がしてあげる。
最初ヨロヨロ、でもだんだんしっかりと、空に向かって、飛んで行った。
なんだか、とてもいい朝だった~