スタートを待つたくさんの生徒の中に私もいた。
春から中学生になり、初めてのマラソン大会だった。
今から30年以上も昔の話。
勉強も運動も、何をどうすれば良いのか知らなかった。
知らないということを、まず知らなかった。
運動会で、リレーなどには慣れていたが、前後左右たくさんの人がごちゃごちゃいる、マラソンのスタートは初めてだった。
後ろにいる人は前にいる人より、ちょっと不利ではないか?
と不思議に思ったものだ。
最初に一年生約200人が一斉にスタートする。
「一緒に走ろう」
横から声が聞こえた。同級生のヨウちゃんだった。
クラスは違うが、小学校から知っている。
「いいよ」と私は答えた。
ピストルの音でスタートした。
全体が動き出す。
私もヨウちゃんと並んで走り出す。
道は平坦だし、楽々行ける。先頭は誰だろう?
私が加速すると、「まだ、急いじゃだめだよ」と制された。
不思議に思った。早く先へ進みたかった。
周りにどんどん追い抜かされてゆく。
はやる気持ちを抑え、私はヨウちゃんのペースに合わせた。
マラソンのコースは、学校を下った通学路からスタートし、途中から山道へ入り、そのまま山沿いの道路を2キロほど走り、折り返して学校に戻る。山道に入ると、坂道がしばらく続く。
その上り坂にさしかかったころ、「そろそろスピードあげよう」ヨウちゃんが言った。
坂道に挑むように、しっかり、徐々に加速をはじめた。
そしてその頃から、周りのスピードが落ち始め、私たちの巻き返しがはじまった。さっきまで後方を走っていた私たちは、軽々と周りを抜きだした。(なんだか、おもしろい!)私は思った。
先へ進むにつれ、人がまばらになっていった。
私たちはペースを落とさず進んだ。
ただ、山沿いの道路に入ったころ、私は相当苦しくなっていた。
なにせ、こんなに長い距離を走ったことはなかった。
これ以上彼女についていくのは無理だった。
「じゃあ、私、先に行くね」ヨウちゃんはそう言って、さらにスピードを上げて行ってしまった。
頼もしい連れ合いをなくし、もはや加速できない私は、そこからゴールまで、ただの一人も追い抜くことはできなかった。
前を走る人の後ろ姿。
その背中を見つめながら走り続ける。2,3メートル先のその子との間隔をどうしても縮めることができない。
一定の距離を保ったままだ。
相手が脱落しないかぎり、追い越すことはできない。
私は、屍のように、ただただ走るだけ。
しばらくすると、折り返してきた生徒とすれ違う。
1着と2着の生徒が颯爽と走り抜け、その次、ヨウちゃんだった!!
私はやっとの思いで手を挙げる。苦しすぎて笑顔は無理だった。
ヨウちゃんも辛そうだったが、手にしっかりとタッチした。
そのころから、折り返し地点はまだかと、そればかり考える。
道の先がカーブで見えない場面が幾度もあり、その先にあるのではないかと期待する。何度もがっかりした後、ようやく折り返し地点が見えた。そこからも辛かった。
遠くの景色を見ても、
足元を見ても、
前の人の背中を見ても、
苦しさは、少しも紛れない。
マラソンなんてもう2度としたくないなぁ
結局、私は一年生の女子の中、9着でゴールインした。
前を走っていた、あの背中の彼女は8着だろう。
この1着の差はとてつもなく大きい。
8着になるのは、おそろしく難しい。
いや、不可能だった。
でも、自分が一桁代でゴールインしたことは事実で、本当に驚いた。
ヨウちゃんと離れてからゴールまで、
私は一人も抜くことができなかったが、
誰からも抜かれなかったのだ
ちなみに、ヨウちゃんは2着か3着だったように記憶している。
彼女のおかげ。
それと私をずっと引っ張ってくれていた8着の人にもお礼を言いたい。
この後、私は何度か長距離走を経験することになるのだが、
何着でゴールインしても、この時には及ばない。
自分史に残るマラソン大会だった。